Hiromi Itō ( 伊藤比呂美 )

ナシテ、モーネン

違和感は皮膚よりも性よりも、
言語をもって明瞭にされる、わたしをも特殊化して、
その言語にはアクセントがなかった、
アクセントのない話し手に囲まれて、わたしは、
流暢に会話をもつことができなかった、
その上わたしは無筆だったもので、
書く言語をも嫌悪した、
アクセントのない呼びかけに答えるのはおそろしかった、
呼びかけられている感じを感じることができなかった、
答えてしまったらわたしの言語は、
みにくい、ゆがんでいると聞き取られる、
それを打ち消せない、
彼がよそで覚えてくる言語の中に、
アクセントのあいまいな部分を聞き取るとき、わたしは、
それを洗い流したい欲望を感じた、
声に出す言語はすべてわたしのもの、



知識や、
情動が、
時間や食物が、
よその人の影響下に、あるいは、
よその人びとの管理下にあるものであっても、
彼の書く言語がよその人びとにだけ受けとられるものであっても、
耳から入って口から出て、
そのまま消えてゆく言語はわたしのもの、
唾でぬらしてでも主張したいわたしのもの、
夜半、彼の背中をごしごし洗いながら、
そばかすの浮いた皮膚の上から、
あらゆるアクセントのない言語が洗い流されていくことを念じた、





デー、スイーテシタ、レトル、オメン(the sweetest little woman)、
といつか彼はわたしに教えた、
デー、スイーテシタ、メーン(the sweetest man)、
とわたしもそれを真似した、
口うつしの言語たち、
息、息、
異質の、かえるに似た、こおろぎに似た、
彼はやすやすとそれを発音する、
いちばん最初は、
ナシテ、モーネン(nasty morning)だった、
それからアエ、ハブ、エテン、プレンテ(I have eaten plenty)、
それからアエ、アン、ナタ、ハングレ(I am not hungry)、
それからユウ、アーラ、ナタ、ハングレ(you are not hungry)、
あの日わたしははじめて彼の言語に触れえた、
触れてみたら、
言語に対して嫉妬を感じた、
この言語をもって、彼は外界とつながっているのである、
彼は書き、人びとが読む、それは残る、
しかし今、彼はわたしに、その残る言語でもって話しかけ、
言語はわたしの言語とまったく同じように、声に出て消えてしまう、
消えてゆく言語はスウィートだ、
関係がそこで消えても、
彼の記憶がそこで消えても、
声に出し消えてゆく言語はとてもスウィートだ、


もっとべんきょうしてせめてあの男の子たちのように、
彼の言語を理解できるようになりたかった、
後悔はわたしを嘆かせる、
それでもわたしが声に出して聞かせる言語は彼をきちがいにさせ、
彼はそれについてずっと考えているというのだ、
彼の背中のそばかすたちが、
わたしの言語におどらされて、うごく、うごく、
彼の太い腕にとってわたしは、
どんなにか軽いだろう、小鬼か妖精のように、
わたしの言語は彼の声を濾過して自由になり、

彼の体温や彼の体臭に変化して、
わたしにからみついて消える、
彼は言語でもって、
わたしの存在をほじくりかえし、
小鬼や妖精の棲みついてるためにとても重たいわたしの、
皮膚を唇を、
見つけ出す、
見つめる、




Hiromi Itō ( 伊藤比呂美 ) (Tokio, Japón, 1955). Poetisa, novelista, ensayista y traductora. Cuenta con numerosos premios y nominaciones.